中井権次の彫刻 『舞鶴歴史物語』その6

 

 

 寺院を参拝する際、階段を登って本堂の外陣(分かりやすく表現するなら賽銭箱の置いてある当たり)に立ち参拝することが多い。

 

 本堂正面の階段の上の部分は向拝(「ごはい」「こうはい」)と呼ばれる部分で、本堂の屋根が外へせり出している。

 お参りされる方はおそらくあまり向拝には気を止めずに参拝される方が多いのだが

本堂を建立した人々はこの向拝に意匠を凝らしていることが多い。

 

 本堂の作り手が一番見てほしい場所が向拝なのであるが、参拝者の多くはこの向拝を素通りしていることが多いのは少し残念である。神社仏閣に参拝には是非、この向拝に眼を止めて頂きたい。本堂本体を地元の棟梁が造り、向拝は優良な大工を招請して作らせることも多かったであろう。その代表が中井権次一統であった。

 

 

 北近畿一円の神社仏閣に大きな足跡を残した彫刻家の集団が中井権次一統である。

 丹波柏原藩兵庫県丹波市)の宮大工、中井道源を初代とし、4代目の言次君音(ごんじきみね)以後、9代目の貞胤まで神社仏閣の彫物師として活躍した。その足跡は丹波、丹後、但馬に広く残されている。丹波、丹後、但馬、播磨など200ヶ所以上にその作例が知られている。

 

 初代は宮大工で4代目から本格的に彫り物を始め、現在は11代目となり中井光夫氏は宮津で印判業を営んでおられる。 

 

 私が住職を拝命している多禰寺、金剛院にその足跡をみることができるが舞鶴市内にどれだけ中井一統の残した彫刻があるのか定かではない。

 

 多禰寺本堂の向拝を例にしてそのを詳しく見てみる。

 

 本堂前に立つとます目につくのは向拝の正面に彫られた龍である。

 寺院に龍の絵画や彫刻が残されていることが多いが、龍は仏法を守護する霊獣である。また風を吹かせ、雨を降らせるなど気象を司るとも言われるので火災除けの意味を持つとされる。

 多禰寺の龍は欅(ケヤキ)の一木造りという希少なものである。のみならず背びれ、鱗、角など細部の意匠に技の冴えを感じさせる作品である。龍の顔は本堂のほぼ正中線上にあるにあることとから、龍の瞳は参拝に訪れた者を睥睨するように作り出されていたのかもしれない。

 

 左右の柱には正面に向いて獅子が彫られている。開口と閉口で阿吽を表しているが、風化して分かりにくいが獅子の眼を見ると、その瞳は参拝者を見下ろすようにできている。

 

 柱の外側に突き出すように象が彫られている。この象は正面側の眼は瞳が無く、外陣側の瞳は作られている。すなわち参拝者が本堂前に立った時には象ではなくまず獅子と眼を合わせ、本堂でお参りを終えて階段を降りようとする参拝者は象と眼が合うという趣向なのだろう。

 

 作者の意図は参拝者がまず龍と左右の獅子に眼を合わせ、参拝を終えて階段を降るときに象と眼を合わせるようにという配慮なのであろう。もちろんこれは私の勝手な想像なのだがそう考えないと象の眼が彫られていないことの説明がつかないように思う。

 

 また最初に獅子に逢い、最後に象に逢うということにも含意を感じさせるものがある。

 なぜなら獅子と象はぞれぞれ文殊菩薩普賢菩薩の乗り物とされているからである。さらに「華厳経」という経典のなかに善財童子の有名な逸話がある。そこで善財童子は最初に文殊菩薩に逢い、最後に普賢菩薩に逢って悟りに至るという壮大な物語である。

 

 寺院に参拝することを「華厳経」のなかの善財童子の物語になぞらえているのではないか…寺院に参拝するものは善財童子のように仏の世界を巡るという意味なのではないかというのが私の推測である。

 

 ちなみに善財童子は最初に文殊菩薩に教えを受け、53人の優れた人々から教えを受ける。東海道には53の宿場が整備され東海道五十三次と呼ばれたが、53という数字はこの善財童子の物語によるとする説がある。江戸時代には広く知られたのであろう。

 

 具象的な彫刻だけでなく装飾的な彫刻の冴えや向拝を構成しているみごとな部材の数々にも眼を向けてほしい。

 

 中井権次顕彰会がその足跡の発掘と評価に向けて様々な活動をしておられ心強い限りである。

 

 

 

 

文章だけでは分かりにくですね‥

 

というわけで写真でご説明しましょう。

 

 

 

 

多禰寺本堂(1840年頃建築の記録があります。京都府指定文化財

 

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向拝というのはこのような部分です

 

 

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中央にケヤキ一木造りの龍が鎮座し、正面には獅子、柱の両側から象の顔が突き出すように見えています

 

 

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獅子の顔をよーく見ると‥

 

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瞳がしっかり参拝者を見据えている!(笑)見据えてる感がちゃんとありますよね?

 

 

正面からも象は見えますが‥

 

 

こちらは正面からみた象の横顔。瞳が彫られていないことにご注目ください。

 

 

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こちらは反対側、つまり外陣側からみた象の横顔

 

 

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象が斜め後ろに視線を送り参拝者を見ています。

 

 

龍の腹部には銘が見えます

 

 

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彫物師

丹波 柏原城下住人

中井権次 正貞 

     彫刻

 

 

 

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こんなすごい部材今では手に入らないでしょう 

 

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装飾彫りの冴えも素晴らしい

 

 

金剛院の本堂も同じような構成になっています。

 

 

私は多禰寺のほうが彫りが冴えているように思うのですが。

 

 

中井権次一統の彫刻は舞鶴の近世文化の素晴らしい遺産だと思います。

 

地元にこのような素晴らしい作品が残されていることを是非大勢の方に知って頂きたいものです。